メッセージ

銀(しろがね)も金(くがね)も玉も何せむに
勝れる宝 子に及(し)かめやも

                  山上憶良

銀も金も、玉とてもなにほどであろうか。子にまさる宝などあろうか(あるはずがない)。

今も昔も変わらない親の気持ちを歌った万葉集の歌です。
親だけではなく、社会共通の思いでしょう。
子どもは私たちにとって最高の宝、いや宝以上のかけがえのない存在です。
その子どもの幸せを願わない親はいないでしょう。
最近の社会の荒廃、痛ましい事件を耳にしますと少しだけそういう思いが揺らぐ時もあります。でもそれはほんの一握りの例外でしかない。そう信じたいです。
では、幸せとは何でしょうか?私たちの幼稚園はキリスト教主義の立場から

「神を愛し、敬い、人と人とがお互いに愛し合って共に生きること。」と理解しています。

愛するということは相手を大切にすることです。大切な相手のことをいつも思って、その喜ばれることは喜んで行い、悲しまれることは、勇気を持って行わない。そういう面を愛は持っています。

「神を愛する」という点について、宗教の押しつけのように聞こえたらおゆるし下さい。

決してそのようなつもりはありません。人間を超えた大いなる存在として神がおられ、

私たちを愛しておられること。そして愛されていることを喜び、神を愛し、敬い、神に喜ばれる者として生きようと努力すること。人が見ていても、見ていなくても、良いことは勇気を持って行い、神様に喜んでいただく。神様に悲しまれないために 悪いことはしない。

これは今日ではとても大切なことであり、そして社会からどんどん抜け落ちていることだと思います。そして人と人とがお互いに愛し合って、共に生きる。お互いに自分のことも、相手のことも大切にして、支え合い、助け合いつつ共に生きること。これが私たちの考える幸せのイメージです。

人と人とが互いに愛し合ってともに生きるためには、その土台として、愛される必要があります。誰かから愛された経験がなくて、誰かを愛することはできません。無から有は生じないのです。人は生まれる前から、母の胎に宿った時から、その命を喜ばれ、生まれでる日を心待ちにされ、誕生したらそのことを家族最大の喜びとして祝われ、大切に愛されて育てられる。沢山の愛を家族から、周りの人たちからいただく。そんな愛に潤された人生の始まりを過ごす中で、子どもたちは周りにその愛を返すことができるようになるのです。自分が大切にされたから、人を大切にすることができるようになるのです。

愛され、大切にされた幼児期を過ごしてほしい。それが子どもたちの一生の幸せにつながると信じます。たくさんのお友達と先生と一緒に楽しいことをいっぱい経験しながらすくすくと成長して行く日々、 そんな愛された日々を幼稚園の生活の中で具体的に経験するために、

私たちはキリスト教の精神に従い、子どもたち一人ひとりとの出会いを神様からいただいた

大切な出会いとして、心から子どもたちを愛し、真心込めて保育につとめます。

愛と真心を伝えるために、私たちの幼稚園では手作りの保育を大切にしています。手作りで満たされた保育環境を常に整えています。

毎朝、子どもたち一人ひとりのことをお祈りし、笑顔で挨拶します。子どもたちのありのままを受け入れ、丁寧に話を聞き、話し合い、楽しい遊び、友だち関係、一人ひとりの個性を

大切にし、豊かな成長のために努力を惜しみません。

そのような保育を通して実現される幼児期の幸せは、きっと未来の幸せにつながる基礎となることでしょう。そしてそれはきっとご家庭の幸せにもつながることでしょう。

私たちの幼稚園は、そんなご家庭の幸せ作りのお手伝いを通して、敦賀の町のお役に立ちたい、神様に喜ばれたいと心から願って日々努力しております。

どうぞよろしくお願いいたします。

2008年9月
敦賀教会幼稚園 
園長 木谷 誠 教職員一同